自治体職員のためのデザイン思考活用術:地域課題の本質を見抜き、共創で実践的な解決策を導く
はじめに:複雑化する地域課題への新しいアプローチ
近年、地域の課題は少子高齢化、産業構造の変化、都市部への人口流出など、ますます複雑化・複合化しています。従来の行政手法や画一的な政策だけでは、これらの根深い課題を解決し、地域を持続的に発展させていくことが難しくなってきています。
このような背景の中で、地域課題解決型ビジネスを推進する自治体職員の皆様にとって、地域の本質的なニーズを捉え、多様な関係者と共創しながら、これまでにない実践的な解決策を生み出すアプローチが求められています。そこで注目されている手法の一つが「デザイン思考」です。
デザイン思考は、デザイナーがデザインを生み出すプロセスを応用した、問題解決のための思考法・アプローチです。人間の視点に立ち、課題の本質を深く理解し、アイデアを素早く形にして試行錯誤を繰り返すことで、イノベーティブな解決策を生み出すことを目指します。このアプローチは、住民や民間事業者を含む多様なステークホルダーとの協働を重視するため、自治体における地域課題解決ビジネスの推進において非常に有効な手段となり得ます。
本記事では、自治体職員の皆様が地域課題解決のためにデザイン思考をどのように活用できるのか、その基本的なステップと実践のヒントを解説します。
デザイン思考とは何か? 地域課題解決になぜ有効か?
デザイン思考は、「共感」「定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」という主に5つのステップを循環させながら問題解決を進めます。このプロセスは、単にモノやサービスのデザインだけでなく、組織運営や社会課題の解決にも応用可能です。
地域課題解決においてデザイン思考が有効な理由は以下の通りです。
- 課題の本質を見抜く力: 表面的な課題だけでなく、関係者の感情や隠れたニーズに寄り添う「共感」のステップを通じて、問題の根本原因や本質的な課題を深く掘り下げることができます。
- 多様なアイデアの創出: 既成概念にとらわれず、自由な発想を奨励する「アイデア」のステップでは、行政内部だけでなく、住民や民間事業者の知見も取り入れながら、多様な視点から解決策を生み出すことが可能です。
- 小さく始めて検証・改善: アイデアを精緻化する前に素早く「プロトタイプ」として形にし、「テスト」を通じて実際の利用者からのフィードバックを得ることで、多大なコストや時間をかける前に課題や改善点を発見し、軌道修正を行うことができます。これは、リスクを抑えながら事業を進めたい自治体にとって重要なアプローチです。
- ステークホルダーとの共創促進: プロセスの随所で多様なステークホルダーを巻き込むことを前提としているため、一方的なサービス提供ではなく、地域住民や民間事業者との協働関係を築きながら、共に解決策を作り上げていくことができます。
自治体職員のためのデザイン思考実践ステップ
ここでは、デザイン思考の5つのステップを行政における地域課題解決に応用するための具体的なポイントを解説します。
ステップ1:共感 (Empathize) - 住民や関係者の視点に立つ
このステップでは、解決したい地域課題に関連する人々の立場や感情、経験を深く理解することを目指します。アンケート調査のような定量的な情報だけでなく、人々の生の声や行動、隠れたニーズといった定性的な情報収集が重要です。
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実践方法:
- フィールドワーク: 課題が発生している現場を訪れ、関係者の日常を観察します。例えば、高齢者の移動困難が課題であれば、実際に地域の交通手段を利用してみる、買い物に出かける様子を観察するなどです。
- インタビュー: 課題の当事者(住民、事業者、地域活動の担い手など)に直接話を聞きます。行政側の「〜だろう」という推測ではなく、相手の言葉や表情、声のトーンから真のニーズや課題意識を引き出す傾聴の姿勢が重要です。「なぜそう思うのですか?」「それについてもう少し詳しく聞かせていただけますか?」といった問いかけを重ねます。
- 関係者マップ作成: 課題に関わる多様なステークホルダー(住民、NPO、企業、学校、専門家など)を洗い出し、それぞれの立場や課題に対する関心度、関係性を整理します。
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行政実務への応用ヒント: 住民説明会やアンケートの機会を活用するだけでなく、地域の集まりに参加する、個別に訪問する、普段は関わりの少ない部署の職員や他自治体の担当者にも話を聞くなど、意識的に多様な視点に触れる機会を設けます。
ステップ2:定義 (Define) - 本質的な課題を明確にする
「共感」ステップで得られた情報(観察やインタビューで気づいたこと、聞いたこと)を整理・分析し、解決すべき本質的な課題(「問い」)を定義します。これは、単に問題点を並べるのではなく、「誰が(ターゲット)」「どのような状況で(文脈)」「どのようなニーズ/課題を感じており(ニーズ/課題)」「それはなぜか(インサイト)」という形で言語化することを試みます。
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実践方法:
- 情報のグルーピング: 集めた情報を付箋紙などに書き出し、似ているものをグループ化します。気づきや発見(インサイト)を抽出します。
- ペルソナ作成: 典型的なターゲットユーザー像(架空の人物像)を作成し、その人の背景、ニーズ、課題、目標などを具体的に描写します。行政的な分類(年齢、地域など)だけでなく、その人の「人間らしい」側面を捉えることが重要です。
- 課題の問い直し: 「〜がない」といった不足を示す課題設定ではなく、「〇〇さん(ペルソナ)は、〜という状況で、〜という理由から困っています。この課題を解決するために、私たちはどのように貢献できるだろうか?」のように、解決策につながる形で「問い」を設定します。
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行政実務への応用ヒント: 庁内の関係部署や、インタビューに協力してくれた住民・事業者などを交えたワークショップ形式で情報の整理や課題定義を行うことで、共通認識を醸成し、多様な視点を取り込むことができます。
ステップ3:アイデア (Ideate) - 解決策を多角的に発想する
定義された課題(問い)に対して、可能な限り多くの解決策のアイデアを生み出すステップです。この段階では、アイデアの質よりも量を重視し、奇抜に思えるアイデアや、実現可能性が現時点では低そうなアイデアも否定せずに歓迎します。
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実践方法:
- ブレインストーミング: 定義した課題に対して、参加者全員でアイデアを出し合います。アイデアを批判せず、自由に発想し、他の人のアイデアに便乗して発展させることを意識します。付箋紙に1アイデア1枚で書き出すと整理しやすくなります。
- 強制連想法: 全く関連性のないキーワードやイメージを組み合わせてアイデアを出す手法です。例えば、「高齢者の移動」という課題と「遊園地」を組み合わせて「高齢者向けの移動型アトラクション」といった突飛なアイデアを出すなど、思考の枠を外す練習になります。
- 多様な参加者: 行政職員だけでなく、課題当事者、NPO、民間事業者、学生など、多様なバックグラウンドを持つ人々をアイデア出しのワークショップに招くことで、予測不能な新しいアイデアが生まれる可能性が高まります。
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行政実務への応用ヒント: ワークショップ開催が難しい場合でも、オンラインツールを活用したアイデア募集や、特定のテーマに関する意見交換会を企画するなど、行政内部だけで考えず、外部の知恵を取り入れる仕組みを検討します。アイデア出しの際は、予算や規制といった制約を一旦忘れ、「もし〇〇だったら?」と自由に考える時間を持つことが重要です。
ステップ4:プロトタイプ (Prototype) - アイデアを素早く形にする
アイデア出しで生まれた多くのアイデアの中から、いくつか有望なものを選択し、実際に「試せる形」にしてみるステップです。完璧である必要はなく、アイデアのエッセンスを素早く、低コストで表現することが目的です。
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実践方法:
- モックアップ/ストーリーボード: サービスの流れや利用シーンを絵コンテや簡単な模型で表現します。ウェブサイトやアプリのアイデアであれば、紙に画面遷移を描くだけでもプロトタイプになります。
- ロールプレイング/模擬体験: サービスや仕組みの利用シーンを、参加者で役割分担して演じてみます。実際に体験することで、机上では気づかなかった課題や改善点が見つかります。
- 簡易的な実証実験: ターゲットとなる住民や事業者に、アイデアの核となる部分を体験してもらうための小さな試みを実施します。例えば、新しい情報伝達方法のアイデアであれば、数軒の世帯に限定して試験的に情報発信を行い、反応を見るなどです。
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行政実務への応用ヒント: 地域での実証実験(リビングラボなど)はプロトタイピングの有効な手法です。また、庁内の他部署と連携して特定のサービスについて模擬体験会を行う、地域住民やNPOの協力を得て小規模なイベントを開催するなど、既存のリソースやネットワークを活用してプロトタイプを試す方法を検討します。行政手続きや関係者への説明・合意形成も、この「小さく試す」段階から始めることで、大規模実施時のリスクを減らせます。
ステップ5:テスト (Test) - 関係者からのフィードバックを得る
作成したプロトタイプをターゲットとなる関係者(課題の当事者など)に実際に試してもらい、その反応や評価、改善に関するフィードバックを収集するステップです。このフィードバックをもとに、アイデアやプロトタイプを改善したり、時には課題の定義そのものを見直したりします。
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実践方法:
- プロトタイプテスト: プロトタイプを使ってもらい、その様子を観察したり、利用者に感想や意見を聞いたりします。「〇〇を使ってみて、どう感じましたか?」「△△の部分は分かりやすかったですか?」といった具体的な質問でフィードバックを促します。
- ヒアリング: テスト結果やフィードバックを基に、課題の本質や解決策の方向性について、改めて関係者にヒアリングを行います。
- 結果の分析と改善: 収集したフィードバックを分析し、プロトタイプの改善点や、アイデア・課題定義への影響を検討します。必要であれば、前のステップに戻ってプロセスを繰り返します。
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行政実務への応用ヒント: 小規模なサービス提供やイベント実施後の参加者アンケートだけでなく、直接的な意見交換会や、改善に向けたワークショップを実施することで、より深いフィードバックを得ることができます。また、このテスト段階での関係者の反応や改善プロセスを記録し、庁内や関係部署への説明資料に活用することで、その後の事業推進に向けた合意形成を進めやすくなります。行政内部のリスク管理の観点からも、「小さく試して検証した」という事実は重要な判断材料となります。
行政組織内でデザイン思考を実践・定着させるためのヒント
デザイン思考を地域課題解決に活かすためには、個々のプロジェクトへの導入だけでなく、組織文化として根付かせていく視点も重要です。
- 小さく始める: 最初から大規模なプロジェクト全体に適用するのではなく、特定の小さな課題や既存事業の一部改善などにデザイン思考のプロセスを試行的に導入してみます。成功事例を積み重ねることで、庁内の理解や関心を高めることができます。
- 庁内研修・ワークショップ: デザイン思考の考え方や基本的なツールに関する庁内研修や、具体的な地域課題をテーマにした実践的なワークショップを開催し、職員のスキルアップとマインドセット変革を促します。
- 多様な人材によるチーム: プロジェクトチームを編成する際は、年齢、部署、経験年数などが異なる多様な職員で構成します。また、必要に応じて外部の専門家(デザイン思考コンサルタント、ファシリテーターなど)の協力を得ます。
- 外部との連携強化: 住民、NPO、企業、大学など、地域の多様なステークホルダーと継続的に連携し、共に課題を考え、解決策を生み出すためのプラットフォームや仕組みを構築・活用します。
- 評価指標の見直し: 従来の効率性やコスト削減といった指標だけでなく、地域住民の満足度、関係性の深化、新しいアイデアの創出数など、デザイン思考的なプロセスや成果を評価する視点を取り入れることも検討します。
まとめ
地域課題解決型ビジネスの推進は、既存の枠組みだけでは難しい局面が増えています。デザイン思考は、住民や地域の視点に徹底的に寄り添い、多様な関係者と共創しながら、課題の本質を見抜き、実践的な解決策を生み出すための強力なアプローチです。
自治体職員の皆様がデザイン思考のステップ(共感、定義、アイデア、プロトタイプ、テスト)を理解し、日々の業務や地域課題解決プロジェクトに応用することで、より効果的で、地域に本当に必要とされる事業を生み出す可能性が高まります。もちろん、行政ならではの制約や手続きは存在しますが、「小さく始めて検証する」というデザイン思考のアプローチは、こうした制約の中でもリスクを抑えつつ、新しい取り組みを進める上で有効です。
ぜひ本記事を参考に、デザイン思考を地域課題解決のツールとして活用し、地域に根ざした持続可能なビジネス創出と、より良い地域づくりに繋げていただければ幸いです。