地域課題の本質を見抜く実践ガイド:自治体職員のための深掘り・再定義ステップ
地域課題解決型ビジネス成功の鍵:なぜ「課題の深掘り」が重要なのか
地域課題解決型ビジネスは、文字通り地域の抱える課題を解決することを目的とします。しかし、一口に「地域課題」と言っても、その様相は複雑であり、表面的な事象だけを捉えて安易な解決策に飛びついてしまうと、期待した成果が得られないだけでなく、資源の無駄遣いや新たな問題の発生にもつながりかねません。
特に地方自治体の地域振興担当職員の皆様は、日頃から様々な地域の声や行政課題に接しておられます。しかし、それらの「見えている課題」が、本当に地域の本質的な課題なのか、多くの関係者が納得し、持続的な解決につながる課題なのか、立ち止まって考える機会は限られているかもしれません。
本記事では、地域課題解決型ビジネスを成功に導くための最初の、そして最も重要なステップである「地域課題の本質を見抜くための深掘り・再定義」に焦点を当て、自治体職員の皆様が実践できる具体的な手法とポイントを解説します。
見えている「現象」と「課題」は違う:行政職員が陥りやすいワナ
行政職員は、陳情や相談、各種統計データ、既存計画など、様々な形で地域の実態に触れます。例えば、「商店街の空き店舗が増えている」「高齢者の見守りが必要だ」「若者の流出が止まらない」といった事象は、多くの自治体で認識されている「現象」でしょう。これらを行政は「商店街の活性化」「高齢者福祉の充実」「若者定住促進」といった「課題」として捉え、施策を検討します。
しかし、ここで重要なのは、「商店街の空き店舗増加」はあくまで「現象」であり、その「課題」が本当に「商店街の活性化」という言葉で括って良いのか、ということです。空き店舗が増えている背景には、「建物の老朽化」「後継者不在」「周辺に大型商業施設ができた」「ネット通販の普及」「そもそも地域住民の購買力が低下している」「商店主同士の連携がない」など、複数の要因が複雑に絡み合っている可能性があります。これらの根源的な要因こそが、真に解決すべき「課題」かもしれません。
行政は往々にして、認識しやすい「現象」や、既存の制度・予算に fit しやすい「課題」設定に傾きがちです。また、「地域住民の声=課題」と捉えがちですが、特定の声だけを拾うと全体の課題像を見誤ることもあります。真の課題解決型ビジネスを目指すには、この「現象」と「課題」を峻別し、課題の背景にある構造や、多様な当事者の視点を深く掘り下げる姿勢が不可欠です。
地域課題の本質を見抜くための深掘り・再定義ステップ
地域課題の本質に迫るためには、単に情報を収集するだけでなく、批判的・多角的な視点を持って分析し、課題の定義自体を問い直すプロセスが必要です。以下に、自治体職員の皆様が実践できるステップを示します。
ステップ1:見えている「現象」と「課題」を明確に書き出す
まず、現在認識している地域の具体的な「現象」(例:空き店舗が多い、通学路が危険、祭りの担い手がいない)と、それに対して自治体として設定している(あるいは考えられる)「課題」(例:商店街の活性化、通学路の安全確保、伝統文化の継承)をリストアップします。この段階では、両者を混同せず、ありのままを記述します。
ステップ2:「なぜなぜ分析」で背景・構造を掘り下げる
リストアップした「現象」や「課題」に対し、「なぜそうなっているのか?」を繰り返し問いかける「なぜなぜ分析」を行います。一つの要因に留まらず、複数の層を掘り下げていくことが重要です。
- 例:「商店街の空き店舗が増えている」
- なぜ空き店舗が増えている? → 後継者がいないから。
- なぜ後継者がいない? → 子どもが親の事業を継ぎたくないから。
- なぜ継ぎたくない? → 儲からない、長時間労働、地域の将来が不安だから。
- なぜ儲からない? → 客足が減っている、競合に負けている、品揃えが古い、魅力的な店舗がないから。
- なぜ客足が減っている? → 若者が街から出ていく、高齢者は外出が億劫、魅力的なイベントがない、そもそも商店街に来る理由がないから。
- なぜ若者が街から出ていく? → 雇用の場がない、教育環境が不十分、刺激がないから。
このように掘り下げることで、「空き店舗対策=店舗改装費補助」といった表面的な施策だけでは根本解決にならない可能性が見えてきます。背景には雇用、教育、高齢化、地域魅力といった、より広範で根源的な課題が潜んでいることが明らかになります。
ステップ3:多様な当事者から「声」を聞く(定性情報の収集)
統計データだけでは見えない、当事者の生の声や感情、潜在的なニーズを把握することが不可欠です。フィールドワーク、関係者への個別インタビュー、少人数のグループワーク、地域住民との対話集会などを実施します。
- インタビュー/対話のポイント:
- 自治体職員としてではなく、一人の人間として、相手の立場に関心を持つ姿勢で臨む。
- 設定した課題や現象について、直接的に聞くだけでなく、日々の生活や仕事で「困っていること」「不安に感じていること」「こうなったら嬉しいこと」など、広く話を聞く。
- 「〜が課題ですよね?」と決めつけず、「〜について、どうお考えですか?」「どのような時に大変だと感じますか?」など、問いかけを工夫する。
- 話された内容の背景にある感情や価値観を理解しようと努める。
- 特定の属性(例:高齢者、子育て世代、若者、商店主、農家)だけでなく、様々な立場の人から話を聞き、それぞれの視点を理解する。
ステップ4:データ(定量情報)と「声」(定性情報)を統合する
ステップ2のなぜなぜ分析で深掘りした構造と、ステップ3で得られた当事者の声を照らし合わせます。統計データ(例:人口動態、産業別就業者数、高齢化率、所得水準など)といった定量情報で客観的な状況を把握しつつ、当事者の声という定性情報でその背景にある理由や感情を理解します。
定量情報で示された事実が、なぜそうなるのか、当事者はどう感じているのかを、定性情報が補強します。逆に、特定の当事者の声が、地域全体としてはどの程度の広がりを持つのかを、定量情報で検証します。
この統合的な分析により、表面的な課題設定では見落としていた、より本質的で根源的な課題像が浮かび上がってきます。
ステップ5:課題を「本質的な言葉」で再定義する
分析結果に基づき、最初に設定した課題を、より本質的な言葉で再定義します。この再定義された課題は、単なる現象の裏返しではなく、その根源的な原因や、地域が真に求めている状態(潜在的なニーズ)を含んだものになります。
- 例:再定義前の課題:「商店街の活性化」
- 再定義後の課題例1(経済的視点から掘り下げた場合): 「地域内での消費と生産の循環を生み出す仕組みが弱い」
- 再定義後の課題例2(コミュニティ視点から掘り下げた場合): 「多世代が日常的に交流し、互いに支え合う地域コミュニティが希薄になっている」
- 再定義後の課題例3(若者視点から掘り下げた場合): 「若者が地域に魅力や将来性を感じ、多様な働き方や生き方を選択できる環境が不足している」
このように、どの側面に焦点を当てるかで課題の定義は変わります。重要なのは、多様な視点から掘り下げ、複数の再定義案を検討することです。そして、最終的にどの課題設定でビジネスを検討するかを、関係者と協議し決定します。この「本質的な課題」こそが、官民連携を含め、様々な主体が共通認識を持ち、解決に向けてエネルギーを注ぐべき対象となります。
行政内の共有と民間連携への橋渡し
課題を深掘りし、再定義した内容は、必ず庁内の関係部署や上層部と丁寧に共有し、共通認識を醸成することが重要です。なぜその課題を本質と捉えたのか、どのような調査や分析を行ったのかを分かりやすく説明します。また、この課題設定が、既存の行政の枠組みだけでは解決が難しく、民間や住民との連携が必要となる理由を明確に提示することで、協力を得やすくなります。
民間事業者との連携においては、彼らは行政の論理だけでなく、「ビジネスとして成り立つか」「自社の事業とシナジーがあるか」といった視点を重視します。深掘り・再定義された課題が、民間事業者にとって「解決しがいのあるテーマ」「ビジネス機会につながる可能性のあるテーマ」であると示すことができれば、より有力なパートナーとの連携が期待できます。
まとめ:本質的な課題設定が、地域ビジネスの羅針盤となる
地域課題解決型ビジネスは、そのスタート地点である「課題設定」の質によって、その後の方向性や成否が大きく左右されます。表面的な現象に囚われず、なぜなぜ分析や当事者の声を聞くプロセスを通じて課題の本質を深く掘り下げ、多様な視点から再定義することは、持続可能で効果的なビジネスモデル構築のための揺るぎない羅針盤となります。
自治体職員の皆様には、ぜひ日々の業務の中で、「これは本当に本質的な課題なのだろうか?」と問いを立て、一歩立ち止まって深掘りする習慣をつけていただきたいと思います。このプロセスは、単にビジネスのためだけでなく、より効果的な行政施策立案のためにも、必ずや役立つはずです。本質を見抜く力が、地域に真の変化をもたらす第一歩となるでしょう。