地域ビジネスを「自分ごと」にするストーリーテリング実践ガイド:自治体職員のための共感と協力を生む伝え方
はじめに
地域課題解決型ビジネスを推進する際、多岐にわたるステークホルダー(地域住民、民間事業者、NPO、関係団体、そして庁内の他の部署など)との連携は不可欠です。しかし、それぞれの立場や関心は異なり、事業の目的や意義を十分に理解・共有し、主体的な関わりを促すことは容易ではありません。「自分ごと」として捉えてもらい、共感と協力を得るためには、単なる事実やデータの説明だけでは限界がある場合があります。
ここで有効な手段となるのが、「ストーリーテリング」です。ストーリーテリングは、出来事や情報を物語として語ることで、人々の感情に訴えかけ、記憶に残りやすく、共感を呼びやすい形でメッセージを伝える手法です。行政の立場で地域ビジネスに関わる皆様にとって、このストーリーテリングの技術は、事業の推進力を高めるための重要なツールとなり得ます。
本稿では、地域ビジネス推進におけるストーリーテリングの重要性、構成要素、そして自治体職員の皆様が実践できる具体的なステップと注意点について解説します。
地域ビジネスにおいてストーリーテリングが重要な理由
地域ビジネスの推進は、多くの関係者の理解と協力の上に成り立ちます。特に、行政が旗振り役となる場合、公平性や客観性を重視するあまり、情報伝達が事実やデータの説明に偏りがちになる傾向があります。しかし、人々の行動や意識を変えるためには、論理だけでなく感情への働きかけも重要です。
ストーリーテリングは、以下のような点で地域ビジネスに有効です。
- 共感と関心の喚起: 硬い説明文よりも、具体的なエピソードや関係者の想いが伝わる物語の方が、人々の心に響きやすく、「自分ごと」として捉えてもらうきっかけになります。
- 目的・意義の共有: 事業がなぜ必要なのか、何を目指しているのかを、抽象的な言葉ではなく、具体的な課題や未来の姿を示すストーリーとして伝えることで、関係者間の目的意識を醸成しやすくなります。
- 複雑性の解消: 地域課題や解決策は複雑な場合が多いですが、ストーリーを通じて構造化し、分かりやすく伝えることができます。
- 信頼関係の構築: 関係者の声や地域での出来事をストーリーとして共有することで、透明性が高まり、信頼感を育むことができます。
- 行動の促進: ストーリーは人々の感情を動かし、「自分も何かしたい」という行動への動機付けにつながります。
庁内での理解促進や予算確保、民間企業へのパートナーシップ呼びかけ、住民説明会など、様々な場面でストーリーテリングは力を発揮します。
地域ビジネスにおけるストーリーの構成要素
効果的な地域ビジネスのストーリーには、いくつかの共通する要素があります。これらを意識することで、より人々の心に響く物語を紡ぐことができます。
- 主人公: 誰のストーリーなのかを明確にします。地域住民、特定の事業者、地域で活動する個人、あるいは地域そのものが主人公になることもあります。自治体職員が黒子として、地域の人々を主人公に据える視点も重要です。
- 課題・困難: 地域が抱える具体的な課題や、主人公が直面している困難を描写します。これが物語の出発点となり、なぜ今この事業が必要なのかの理由付けとなります。過疎化、高齢化、産業衰退、環境問題など、ペルソナである自治体職員の方々が日々向き合っている現実的な課題です。
- 取り組み・解決策: 課題に対して、どのような人々が、どのような想いを持って、どのような事業や活動に取り組んでいるのかを描きます。ここに行政のサポートや官民連携の仕組みが入ってきます。具体的なアクションや、そこに込められた工夫を盛り込みます。
- 変化・未来: 取り組みによってどのような変化が生まれつつあるのか、あるいは、この取り組みが実現することでどのような未来が期待できるのかを描きます。小さな一歩から始まった変化や、人々の希望に焦点を当てます。
これらの要素を、「なぜ(Why)この事業をやるのか」「何を(What)やっているのか」「どのように(How)進めているのか」という視点で整理し、物語として構成していきます。特に、「なぜやるのか」という事業の根幹にある想いや地域への愛着を伝えることが、共感を呼ぶ鍵となります。
自治体職員のためのストーリーテリング実践ステップ
では、具体的にどのように地域ビジネスのストーリーを紡ぎ、伝えていけば良いのでしょうか。ここでは、自治体職員の皆様が実践できるステップを提案します。
ステップ1:ストーリーの「タネ」を見つける
ストーリーはゼロから作り出すものではなく、地域や関係者の中に既に存在しています。その「タネ」を見つけることから始めます。
- 現場に足を運び、人々の声に耳を傾ける: 地域住民や事業者との日々の対話、事業の現場での観察から、印象的なエピソードや関係者の熱意、小さな変化を見つけ出します。定例の会議だけでなく、 informal な場での交流も大切です。
- 関係者への丁寧なヒアリング: 事業に関わる人々(住民、事業者、NPO職員、他の部署の職員など)に、なぜこの事業に関わろうと思ったのか、どんな想いがあるのか、大変だったこと、嬉しかったことなどをインタビューします。
- 地域の歴史や文化、風土を学ぶ: 地域が持つ独自の背景やストーリーも、事業の意義を深める重要な要素となります。
- 事業の記録を読み解く: 事業計画書、議事録、報告書など、形式的な文書の中にも、決定に至る経緯や関係者のやり取りといったストーリーの断片が隠されています。
タネを見つける際は、「この事業によって、誰の、どんな課題が、どう解決されて、その結果、誰がどう変わるのか?」という視点を持つと良いでしょう。
ステップ2:ストーリーを「紡ぐ」
見つけたタネを基に、メッセージが伝わる物語の形にしていきます。
- ターゲットを明確にする: 誰に伝えたいストーリーなのか(住民向け、事業者向け、庁内向け、議会向けなど)によって、どのタネを選び、どのように構成するかを調整します。
- 共感を呼ぶ構成を考える: 前述の「主人公」「課題」「取り組み」「変化・未来」といった構成要素を意識し、感情の動きが伝わる流れを作ります。時系列に沿って語る、課題解決のプロセスに焦点を当てるなど、様々な構成が考えられます。
- 具体的なエピソードや描写を盛り込む: 抽象的な説明だけでなく、「〇〇さんが、△△という困難を乗り越えるために、夜遅くまで準備をしていた」「地域の子供たちが、この活動を通じてこんな表情を見せた」といった具体的な人や出来事を描写することで、リアリティが増し、感情移入しやすくなります。
- 「なぜ」を明確にする: 事業の背景にある切実な課題や、関係者の強い想いを丁寧に言語化します。これがストーリーの深みとなります。
- 平易な言葉を選ぶ: 専門用語や行政内部でしか通用しない表現は避け、誰にでも理解できるよう分かりやすい言葉で記述します。
ステップ3:ストーリーを「届ける」
紡いだストーリーを、適切な方法で必要な人々に届けます。
- 多様な媒体・チャネルを活用する:
- ウェブサイト/SNS: 事業紹介ページやブログ記事、SNS投稿として、写真や動画と共に発信します。定期的に更新し、事業の進捗に合わせてストーリーを共有します。
- 広報誌/パンフレット: 行政の公式広報誌や事業の紹介パンフレットに、関係者のインタビュー記事やルポ形式でストーリーを掲載します。
- 説明会/ワークショップ: 一方的な説明だけでなく、関係者自身に語ってもらったり、参加者が自身の視点からストーリーを語れるような時間を設けることで、共感を広げます。
- メディアへの情報提供: 地域メディアや専門メディアに、事業のストーリーをプレスリリースやニュースレターとして提供します。
- 庁内での共有: 庁内報や職員向けの説明会でストーリーを共有し、部署間の連携や職員の意識向上につなげます。
- 対話を促す: ストーリーを発信するだけでなく、それに対する反応を受け止め、対話する機会を設けることで、新たなストーリーが生まれたり、関係性が深まったりします。コメントへの返信、質疑応答の時間の確保などを行います。
- 語り手を育てる: 行政職員自身がストーリーを語るだけでなく、事業に関わる住民や事業者が自身の言葉で語れるようにサポートすることも重要です。語り手自身がストーリーテラーとなることで、メッセージの説得力が増します。
地域ビジネスにおけるストーリーテリングの注意点
ストーリーテリングは強力な手法ですが、地域ビジネス、特に行政が関わる場合は、いくつかの点に注意が必要です。
- 正確性と信頼性: ストーリーは事実に基づいている必要があります。過度な脚色や誇張は、かえって行政への信頼を損ねる可能性があります。良い面だけでなく、課題や困難も誠実に伝えることが信頼につながる場合もあります。
- 多様な視点への配慮: 特定の個人のストーリーに焦点を当てる場合でも、その背景にある多様な人々の営みや、事業によって影響を受ける可能性のある様々な立場への配慮が必要です。一部の声だけが全体のストーリーであるかのような誤解を招かないよう注意します。
- 「行政が主役」にならない: 行政は地域課題解決のコーディネーターやサポーターであることが多いです。ストーリーの主人公はあくまで地域の人々や事業者であり、行政はその活動を支える存在として描く方が、地域からの共感や主体的な関わりを引き出しやすくなります。
- 感情論に終始しない: 共感を呼ぶことは重要ですが、感情的な訴えかけだけでなく、事業の計画性、実現可能性、持続可能性といった論理的な側面も併せて伝える必要があります。特に庁内や議会への説明においては、ストーリーとロジックのバランスが重要です。
- プライバシーへの配慮: 関係者のエピソードをストーリーとして語る際は、必ず本人の許諾を得るとともに、プライバシーに最大限配慮します。
まとめ
地域ビジネスを推進する上で、単なる情報の羅列では関係者の心を掴み、「自分ごと」として関わってもらうことは困難です。ストーリーテリングは、地域が抱える課題の切実さ、事業に懸ける人々の想い、そして事業がもたらす希望や未来といった、データだけでは伝わらない本質を伝える強力な手法です。
自治体職員の皆様は、日々の業務の中で地域や関係者との多くの接点を持っています。それらの接点の中に眠るストーリーの「タネ」を見つけ、それを丁寧に紡ぎ、様々な方法で「届ける」ことによって、地域ビジネスへの共感の輪を広げ、より多くの人々の協力と主体的な関わりを引き出すことが可能になります。
ストーリーテリングは、一朝一夕に習得できるものではありませんが、意識的に実践することで、地域ビジネスの推進において大きな力を発揮するスキルとなります。ぜひ、身近なところから地域ビジネスのストーリーテリングに取り組んでみてください。