地域課題解決型ビジネスにおける行政資産活用:自治体職員のための具体的手法と推進のポイント
地域課題解決型ビジネスを推進する上で、新たな資源や資金を確保することは常に大きな課題となります。一方で、多くの自治体は、まだ十分に活用されていない様々な行政資産を保有しています。これらの資産を地域課題の解決に繋がるビジネスに活かすことは、限られたリソースの中で事業を推進する有効な手段となり得ます。
本稿では、自治体職員の皆様が、自身が関わる地域において行政資産を活用した地域課題解決型ビジネスを検討・推進する際の具体的な手法と、押さえておくべきポイントについて解説します。
なぜ今、行政資産活用なのか
人口減少や少子高齢化の進行により、地域課題は複雑化・多様化しています。これらの課題を行政の力だけで解決することは難しくなっており、民間事業者やNPO、地域住民など多様な主体との連携が不可欠です。
行政が保有する資産、例えば遊休状態にある公共施設や蓄積された地域データなどは、それ自体がビジネスの「種」や「基盤」となるポテンシャルを秘めています。これらを外部に開放し、地域課題解決を目的とした事業に活用してもらうことで、新たな価値創出や地域経済の活性化に繋げることが期待できます。
また、既存の行政資産を活用することで、ゼロからインフラ整備を行うよりもコストを抑え、事業の立ち上げスピードを早められる可能性があります。これは、財政が厳しい自治体にとって大きなメリットとなります。
活用できる行政資産の種類と可能性
自治体が活用を検討できる行政資産は多岐にわたります。代表的なものをいくつかご紹介します。
- 公共施設・未利用地: 旧校舎、公民館、遊休地、空き家バンク物件など。これらの空間を行政サービス以外の地域活動拠点、コワーキングスペース、チャレンジショップ、高齢者向けデイサービス施設など、様々な地域課題解決ビジネスの場として提供することが考えられます。
- データ: 人口統計データ、産業データ、健康データ(匿名加工)、防災情報、地域資源情報、施設利用データなど。これらのデータをオープンデータとして提供したり、特定の事業者に活用を許諾したりすることで、新たなサービス開発や地域分析、効果的な事業計画策定に役立てることができます(個人情報保護やプライバシーへの配慮は必須です)。
- 知的資産・ノウハウ: 自治体が長年培ってきた地域の歴史、文化、産業に関する情報、あるいは特定の分野(農業支援、福祉サービスなど)における専門的な知見。これらを講座や研修プログラムとして提供したり、民間事業者の商品・サービス開発の監修に活用したりすることで、新たな地域産業の創出やブランド力向上に貢献できます。
- 人的資源: 専門知識を持つ職員(ただし、職員本来の業務とのバランスや兼業制限に注意が必要)、地域で活動する登録団体やボランティアの情報。これらの人的ネットワークや資源情報を整理し、地域課題解決を目指す事業者にマッチングさせることも間接的な資産活用と言えます。
これらの資産は単独で活用するだけでなく、複数(例えば旧校舎という場所と地域の健康データ)を組み合わせることで、より多角的で効果的な地域課題解決ビジネスを生み出す可能性を秘めています。
行政資産活用ビジネスの具体的手法とプロセス
行政資産を活用した地域課題解決ビジネスを推進するための具体的なプロセスは以下のようになります。
(1) 活用可能な行政資産の洗い出しと棚卸し
まず、庁内に眠る活用可能な資産をリストアップします。部署横断で情報収集を行い、利用状況、維持管理コスト、将来の利用計画などを把握します。特に、遊休状態にある資産や、既存の利用方法以外にも活用可能性がある資産に注目します。この段階で、法的な制約(例:行政財産は原則として目的外使用が制限される)も確認しておく必要があります。
(2) 地域課題と資産のマッチング、アイデア創出
リストアップした資産が、どのような地域課題の解決に役立つかを検討します。地域のニーズ調査や、既に把握している地域課題リストと照らし合わせます。この際、外部の視点を取り入れるために、住民ワークショップや民間事業者との意見交換会などを実施することも有効です。資産の新たな活用方法について、多様なアイデアを生み出します。
(3) 事業計画策定
アイデアが固まったら、実現可能性を検討し、事業計画を策定します。事業の目的(どのような地域課題を解決するか)、ターゲットとする利用者、提供するサービスや機能、収益モデル、必要なリソース(改修費、運営費)、リスクなどを具体的に盛り込みます。行政資産の活用方法(貸付、使用許可、共同事業など)も明確にします。
(4) パートナー選定・連携
行政資産を活用して事業を実施する主体を選定します。公募(プロポーザル方式など)により、事業計画の優位性や実績などを評価し、最も適したパートナーを選びます。選定後は、行政財産の使用許可や貸付契約、あるいは共同事業協定など、法的に適切な手続きを経て連携を開始します。この際、行政としての事業への関与度や責任範囲を明確にしておくことが重要です。
(5) 庁内調整・合意形成のポイント
行政資産の活用には、複数の部署や関係機関との調整が不可欠です。資産を所管する部署、法務担当部署、財政担当部署、そして事業内容に関連する部署(例:福祉、産業振興、教育など)との連携を密に行います。事業の意義や必要性、リスク管理策について丁寧に説明し、合意形成を図ります。議会への説明や、住民への周知・理解促進も重要なステップです。
(6) 事業実行・推進、効果測定
パートナーと共に事業を実行に移し、計画通りに進んでいるか定期的にモニタリングを行います。設定した地域課題解決に関する成果指標(KPI)に基づき、事業効果を測定・評価します。課題が見つかれば、パートナーと協力して改善策を検討・実施します。
推進における課題と対策
行政資産を活用した地域課題解決ビジネスの推進には、いくつかの課題が伴います。
- 法制度・条例: 行政財産の使用許可には制限があったり、長期の貸付が難しかったりする場合があります。事業の性質によっては、特区制度や条例の改正が必要となる可能性も検討します。また、データ活用においては、個人情報保護条例や関連法令遵守が絶対条件です。
- リスク管理: 事業失敗時の行政資産の扱い、事故発生時の責任範囲、情報漏洩リスクなど、様々なリスクを想定し、契約や協定の中で責任分担や対応策を明確にしておく必要があります。特に、民間事業者が撤退した場合の行政資産の再活用や現状回復についても事前に定めておきます。
- 合意形成: 住民にとっては慣れ親しんだ公共施設が、新たな用途に使われることに抵抗がある場合もあります。事業の目的や公益性、地域へのメリットを丁寧に説明し、理解と協力を得るためのコミュニケーションを継続することが重要です。民間事業者との間でも、期待値のずれが生じないよう、事業内容や行政の関与について密な情報共有を行います。
- 継続的な資産管理・見直し: 活用を始めた行政資産も、時代の変化と共にニーズが変わります。定期的に利用状況や地域への貢献度を評価し、必要に応じて活用方法を見直したり、新たな資産活用を検討したりする仕組みを設けることが持続可能な推進に繋がります。
まとめ
自治体が保有する行政資産は、地域課題解決型ビジネスの貴重な資源となり得ます。遊休施設やデータをはじめとするこれらの資産を戦略的に活用することは、新たな地域課題解決のアプローチを創出し、官民連携を深める上で非常に有効です。
しかし、その道のりには法制度、庁内調整、リスク管理といった行政特有の課題が伴います。本稿で述べたプロセスやポイントを踏まえ、まずは庁内での資産棚卸しから始め、具体的な地域課題と照らし合わせながら、小さくても良いので実現可能なアイデアを形にしてみてはいかがでしょうか。多様なステークホルダーとの対話を重ね、地域の理解と協力を得ながら、行政資産を活用した新たな地域ビジネスを推進していただければ幸いです。